眼瞼下垂の手術

~日々の瞼の重みと向き合うために~
 酒井 成貴先生
慶應義塾大学 医学部 形成外科学教室 助教
 
はじめに

「『あら、なんだか眠そうね』とよく言われて…。」

 外来に来院される患者様が気づきにくい病気のひとつに、「眼瞼下垂」という症状があります。原因としては先天性、加齢、ハードコンタクトレンズの長期使用、神経疾患、筋疾患と様々あります。外見はもちろんのこと、見えにくさにより、眉毛を思いっきり上げて見ようとして肩こりや頭痛を起こす方もいらっしゃいます。重症筋無力症の患者様は、主に「夕方になると瞼が下がってきて」と悩む方が多いです。また筋肉の病気だから両側に起きる と思っている方がいらっしゃいますが、片側だけに起きることもあります。この症状で重症筋無力症の検査を行い、診断に至るケースも少なくありませ ん。病気の根本的な治療には神経内科の先生にお任せするしかありませんが、その一部の症状の改善のためのお手伝いをする「眼瞼下垂手術」のお話です。

 

治療について

 瞼を持ち上げている筋肉は2種類ありますが、自分で動かす筋肉は「眼瞼挙筋」と言われる筋肉です。この筋肉が疲労すると瞼の上がりが悪くなります。難しい話はあえてしませんが、重症筋無力症では早い段階で瞼に症状が出る方がいます。(眼筋型重症筋無力症)

 

 患者様の中には目を動かす筋肉に症状の出る方もいて、斜視という目の焦点が合わないような状態で物が二重に見える症状をきたすこともあります。内服治療により症状が改善する場合もありますが、理由は不明ですがあまり効果のない方もいるのは事実です。内科的な治療を優先して、ある程度症状が安定したところで手術をするのが一般的な考え方となっています。

 実際、斜視の手術を受け正常に見えるようになった後に重症筋無力症がわかり、内服治療の開始と共に筋力が回復し、正常な位置を通り越して斜視をひどくしてしまった例を、患者様から聞いたことがあります。同様に眼瞼下垂手術を受けた後に内服治療で症状が改善すると、目が開きすぎるといった障害が起きます。ここで大切なのは、治療がどの段階であるかということです。当院はその段階に応じた治療を勧めています。大きく分けて、永久的な手術と一時的な手術があります。一時的な手術は、逆に言うといずれはもとに戻る可能性のあるものですが、症状の改善時に簡単な処置でもとに戻すことができます。

◆治療方法4つの使い分け◆
 ① 挙筋前転術
 ② 一時的挙筋前転術
 ③ 前頭筋吊り上げ術
 ④ 一時的前頭筋吊り上げ術

上述したものは正式な医学用語ではありませんが、一時的なものと永久的なもので2通りずつあるのがおわかりいただけるでしょうか。

 眼瞼挙筋は瞼を開けるために働きますが、この筋肉は瞼板と言われる軟骨様組織にくっついていて、場合によってはこの接合部が緩んで、外れてしまっていることもあります。この眼瞼挙筋を引っ張り出してきて再度接合するか、折り畳んで力が加わりやすくするための手術です。重症筋無力症の場合は、筋肉自体が弱くなっているため、術後も徐々に下垂が進行することがあります。(図:挙筋前転術)

 本来は、瞼の機能を取り戻すためには瞼の筋肉である眼瞼挙筋を手術すればいいのですが、長期にわたり筋肉を動かさないと、廃用性萎縮と言って動かなくなる状態が起きます。例えば、骨折してギプスで何週間も動かさないように固定しているときなど筋肉がやせ細ってしまう状態で、さらに進行すると筋肉が脂肪に変わってくるような状態を意味します。こういった場合は、瞼を動かす機能がなくなってしまいます。そのため多くの場合は、瞼の代わりに眉毛を上げることによって目を開けています。この状態が続くとおでこに常にしわの寄っていることになり、頭痛・肩こりの原因になることもありますし、瞼の機能は改善しません。瞼を上げる機能の改善が望めなくなってしまった場合は、眉毛の奥にある前頭筋と瞼を連結させる吊り上げ術を行うことがあります。前頭筋と連結した瞼は、眉毛を上げることによって、目を開く動きのサポートがより利きやすくなります。(図:前頭筋吊り上げ術)

 内服治療の状況と眼瞼下垂の状況に応じて最適な方針を立てて治療することを目標としていますが、「まだ早い」、「もう少し待とう」と思われる方がいるかもしれません。そんな方ほど治療時期に関して相談に来てほしいのが現状です。

 小児にも先天性眼瞼下垂というものがあります。先天性とは生まれつきのものです。瞼を上げる筋肉がうまくできなかった、筋肉まで神経が届かなかった、遺伝性のものなど理由は様々ですが、幼少期に瞼が塞がった状態では視力、立体視に影響を及ぼします。いつ手術をすべきか、一時的な手術を選べば2回目の手術の可能性があり、永久的な手術をして成長したときの誤差を予測できるのかと、日々考え術式を決める毎日です。瞼のような動くものの調整はとても難しい手術のひとつであり、一般的にこれと決めた方法でのみ行う医師が多いと思われます。自分の得意なこの術式しかできないというのは簡単なことですが、それではいけないと常に思いを巡らせ、たどりついた主に4つの術式を駆使して治療に当たっております。

話は変わって

 さて、私の喜びとは何でしょう。この手術を専門にしてよかったと思った ひとりの患者様の経験を紹介します。うつ病、糖尿病と様々な病気をお持ち の方でした。旦那さまに連れられてどんよりした雰囲気で私の外来を杖をつ いて受診され、「とても見えにくくて眼瞼下垂ではないかと言われて来ました」とたどたどしくお話になっていました。しかし、眼瞼下垂手術後に外来にいらっしゃった時には、見違えるように元気に「とてもよく見えるように なって世界が変わりました」とおっしゃって、私もとてもうれしかったです。さらにその 6 か月後の外来では、あちらこちら出かける機会が増え、筋力もついて杖が必要なくなり、運動のおかげで血糖値が下がり、内服薬も半分になったと喜んでいただけて、この仕事、この手術を専門にしていて本当によかったと思える大変貴重な体験をさせていただきました。それが私の原動力となっています。

あきらめないで

 先ほど執筆したとおり、状況に応じて大きく分けて4つの術式を駆使して治療に当たりますが、治療期間はどうなるのか気になさる方がいると思いま す。永久的な手術である①「挙筋前転術」は、日帰りもしくは一泊入院で可 能ですが、抜糸までの一週間は腫れが強く、外出時もサングラスをかけていただくような状態です。③「前頭筋吊り上げ術」は太ももから筋膜を採取す るため1週間の入院が必要です。または手首から腱を採取する方法もあり、3 ~ 4 日程度に入院期間を短縮することもできます。患者様の中には仕事もしており、社会生活を送る中で休みが取れない方も多くいらっしゃると思います。そのような方は、②・④の一時的な手術で日帰り手術を希望されると思います。腫れは3日ほどで引いてきますので、片目だけであれば眼帯で対 応していただけます。一時的な手術でも長期的に見れば効果は十分にありま すから、あきらめないでください。使わないと筋力は下がる一方です。若年 の方でも適応はありますので、ご相談いただければ対応いたします。

酒井 成貴先生 プロフィール
医学博士、日本形成外科学会専門医、日本美容外科学会専門医、皮膚腫瘍外科分野指導医、小児形成外科分野指導医、再建・マイクロサージャリー分野指導医、再生医療認定医
専門分野: 眼瞼下垂(小児先天性を含む)、義眼床形成、乳房再建、形成一般

◆略歴◆

2005年3月 聖マリアンナ医科大学医学部 卒業
2005年4月 聖マリアンナ医科大学 初期臨床研修医
2007年4月 慶應義塾大学医学部 形成外科 専修医
2007年6月 埼玉社会保険病院 形成外科 医員
2007年12月 東京歯科大学市川総合病院 形成外科 専修医
2008年6月 慶應義塾大学医学部 形成外科 専修医
2009年6月 大田原赤十字病院 形成外科 医員
2010年4月 慶應義塾大学医学部 形成外科 専修医
2011年4月 慶應義塾大学医学部 助教
2011年6月 フランス Hospital St.Louis Chirurgie plastique
2011年12月 フランス Hospital Necker-Enfants malades La Chirurgie cranio-faciale
2012年4月 独立行政法人東京医療センター 形成外科 常勤医
2012年10月 京都大学 再生医科学研究所
2014年4月 慶應義塾大学医学部 形成外科 助教(研究奨励)
2016年4月 慶應義塾大学医学部 形成外科 助教

受賞歴
第48回 日本創傷治癒学会学術集会 研究奨励賞 (2018年度)