筋無力症とは

重症筋無力症と診断された方、疑いがあると診断された方とそのご家族の皆様へ
 医学の進歩により早期診断・早期治療が可能となり、筋無力症の予後は著しく改善され、「筋無力症」が原因で亡くなる方は殆どいません。適切な治療をおこない、病気と共存することで「天寿を全うできる病気」とまで言われるようになりました。しかし、長期にわたるステロイド薬、免疫抑制薬からの離脱、投薬による二次障害(糖尿病、白内障など)も大きな問題となっております。2022年『重症筋無力症診療ガイドライン 2022 改訂版』が発刊され、筋無力症の治療の方向性が示されました。しかしながら、筋無力症の病態が未だ解明されていないため、全国の施設の主治医先生の治療方法に対する考え方、治療方法にはまだ大きな違いがあります。

 「筋無力症」は自己免疫疾患ですので、「寛解」はあっても「完治」はありません。長期にわたる投薬(ステロイド薬、免疫抑制薬)が必要で、なかなか減量できず、副作用が出現してしまう場合があります。また、薬の副作用を心配するあまり、無理な減量して症状を悪化させてしまう場合もあります。
「筋無力症と診断された」「疑いがあると診断された」時には、きちんと病気を理解し、余計な不安を持たず、医師とコミュケーションをとりながら治療をすすめることが大切です。日常生活にわずかな不便があっても、仕事や家事、勉強が遂行でき、生き甲斐のある楽しい毎日を送ることを目標に「筋無力症」と付き合っていきましょう。

筋無力症と自己免疫

筋無力症は、免疫機能が自分の身体を攻撃する「自己免疫疾患」です。

 体内に入ってきた異物を認識し、攻撃して排除するための機能(免疫機能)が、なんらかの変調をきたすと、まったく無害な自分自身の細胞や組織を攻撃してしまい、筋肉や臓器、関節といった身体の様々な部位に病気を発症させます。これが「自己免疫疾患」です。 筋無力症は、T細胞の異常により起こると考えられており、決定的な予防法や治療薬はありません。病気を発症している箇所の炎症を抑える「ステロイド薬」や、免疫機能の過剰な働きを抑える「免疫抑制薬」を使用した「免疫抑制療法」、抗体の働きを助ける補体の動きを抑える「補体阻害薬」によって症状をコントロールしています。

免疫とは?

 免疫とは「疫(えき)から免れる(まぬがれる)」伝染病やウィルスなどからのがれるということを意味する言葉です。 つまり、「病原体・ウイルス・細菌などの異物が体に入り込んだ時に体内で発生した異常細胞(がん細胞)などの異物を見つけだして攻撃し、体から取り除く仕組み」です。この仕組みで大切なのは、自分の細胞と外から入ってきた異物を見極めて、自分の細胞は攻撃せずに、外から入ってきた異物や異常な細胞のみを攻撃するという性質があることです。この仕組みは、さまざまな特徴を持つ免疫細胞がお互いに協力し合って体を守っています。免疫は、体に備わっている防御システムで、体内に侵入した異物を認識してただちに排除する「自然免疫」と侵入した異物の情報をリンパ球が認識し、その情報に基づいて特定の異物を排除する「獲得免疫」があり、二段構えで異物から体を守る防衛体制をとっています。

自然免疫

 自然免疫は第一段階の防衛ラインです。免疫を担当する細胞が体の中をパトロールしたときに、「これは自分ではないぞ!(非自己)」とみなした異物があれば、素早く攻撃をしかけます。つまり、自然免疫は、体のなかであやしい異物に出会うと無差別に攻撃をします。また、細菌やウイルスなどの病原体だけではなく、もともと正常な細胞が変化を起こしてできたがん細胞なども、自分ではない異物とみなして攻撃します。自然免疫では、免疫を担当する細胞がさまざまな方法で異物を攻撃します。好中球やマクロファージといった細胞は、侵入してきた異物を食べてしまいます。また、ナチュラルキラー(NK)細胞は、すでに病原体に感染してしまった細胞を攻撃して感染が広がるのを防いだり、体のなかで発生したがん細胞を攻撃したりしてがん細胞が増えるのを食い止めています。

異物の情報を伝達

 自然免疫は、同じ異物を再び見つけたときに備え、第二段階の防衛ラインである獲得免疫に準備をさせます。そのためには、攻撃する異物の情報を獲得免疫に伝え、その情報を記憶してもらう必要があります。伝令役である「樹状細胞(DC)」が、獲得免疫を担当する細胞であるヘルパーT細胞やキラーT細胞に、異物の目印である「抗原」と呼ばれるタンパク質の情報を伝えます。こうして獲得免疫が異物の目印を記憶すると、再び同じ病原体が体に侵入してきたり、体のなかで同じ異常細胞が発生したときに、獲得免疫がそれらを素早く攻撃できるようになります。

獲得免疫

 獲得免疫は狙った異物から体を守るための第二段階の防衛ラインです。免疫を担当する細胞が増え、多くの細胞が攻撃を始めます。さらに、自然免疫から異物の情報を受け取って記憶し、異物との戦いに備えているので、初回に攻撃した異物と同じものが再び侵入してきた場合や、体のなかの異常細胞を見つけたときに、素早く免疫反応を起こし体を守ります。 獲得免疫を担当する細胞には、樹状細胞やB細胞などのリンパ球が知られています。T細胞にはヘルパーT細胞やキラーT細胞があり、病原体に感染した細胞や、がん細胞などの異常細胞を攻撃して破壊します。B細胞は、抗体という、特定の異物のみを攻撃する特殊な武器のようなものを作り出して異物を破壊します。

抗体とは

 抗体とは、体内に入ってきた異物を排除するためにB細胞が作り出した、アルファベットのYの形をした「免疫グロブリン」というたんぱく質です。異物が体内に入るとその異物にある抗原と特異的に結合する抗体を作り、異物を排除するように働きます。 抗体の基本的な構造はY字の形で、2本のH鎖と2本のL鎖からできています。異物と結合する部位と免疫を担う細胞が結合する部位からなっています。 Y字の形の先端半分が抗原と結合する部分で、対応する異物ごとに異なる構造に変化するため、可変領域と呼ばれています。可変領域以外は定常領域と呼ばれています。

抗体の種類と働き

 免疫グロブリンには、IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類があり、それぞれの分子量、その働く場所・時期にも違いがあり、体の中での分布状況や機能が異なります。 抗体にはさまざまな働きがあります。抗体には異物(抗原)を分解する作用はありませんが、異物を認識して結合する働きと、免疫を担う細胞を活性化させて異物を排除する働きがあり、補体やマクロファージ、好中球などの貪食細胞を活性化して異物を排除します。抗体の働きには、異物(抗原)の中和作用、オプソニン化、細胞溶解、炎症の誘発の4つがあります。

IgG

血液中に最も多く存在し、免疫グロブリン全体の約80%を占めています。細菌や異物と結合する能力が高く、血中に留まる時間も長い単量体の抗体

IgA

血液中よりも腸管や分泌物(鼻水、唾液)に多く含まれ鼻や目などの粘膜などから細菌などが侵入するのを防ぎます。粘膜の表面や初乳の中ではY字型が2つ結合した構造(二量体)をしています。

IgM

特定の抗原に初めて出会ったときにB細胞から素早く作られ、感染の初期に働きます。5つのY字型が互いに結合した構造(五量体)をしているため、Y字型が1つの構造のIgGよりも、効果的に病原体と結合すると考えられています。

IgD

扁桃腺及び上気道に存在し、呼吸器系の免疫に作用していると考えられています。単量体で存在します。

IgE

本来、寄生虫に対する免疫応答のために存在すると考えられていますが、寄生虫が稀な地域では気管支喘息などのアレルギーに大きく関与しています。